IFSMA便りNO.24

(社)日本船長協会事務局

コペンハーゲン総会

今年の IFSMA 総会は6月にコペンハーゲンで開催された。デンマーク船長・航海士組合の招待によるものである。
デンマーク船長・航海士組合は IFSMA 総会の前日に“Lean ship of the future” と題するワークショップを開催し、船長及び船舶職員のPSC を始めとする各種の検査、証書の取得・更新や大量の書類作成などビューロクラティックな作業を軽減し、船長及び機関長・航海士・機関士の本来の目的である安全運航、海洋環境保護の強化、運航効率の向上などに専念できるような環境を確立する方法と手段を探ったものである。
このワークショップについては弊会の小島会長から別途報告があるのでここでは触れない。
この総会では8 本の総会決議を採択したので主なものをその背景と共に報告しよう。

1.Further Development of SMCP 「SMCP(“IMOS tandard Marine Communication Phrases”IMO 標準海事通信用語集)の更なる発展へ」
これはブレーメンで港湾とパイロットに関するコンサルタントをしている元パイロットのプレゼンに基づく決議である。
離着岸の操船時、パイロットのタグボートに対する指示・命令とそれに対する応答などを全て海運における共通言語である英語ですべきというものである。
これは言うまでもなく船長及び航海士などのブリッジ・チームとパイロット及びタグボートの船長とで情報を共有し連携を密にする必要からである。
これには背景があって、ドイツには現在9の水先区があり、パイロットとタグとのコミュニケーションはドイツ語で且つ水先区毎にその用語が少しづつ違うという。
しかしタグそのものが、あるいはタグの乗組員だけが他の水先区で乗り組むこともあるが、ここ十数年で大きく変わったのは、タグが北海のオフショア施設で稼働することが多くなったことである。
建設資材や掘削資材の輸送、リグの曳航などにも使用されるが、オフショア施設は多国籍企業が多く、当然のことながら作業の指示は全て英語で行われる。このためタグの船長及び乗組員は英語でコミュニケーションを行う必要が増してきた。
そのためタグ側からも水先業務においても指示は英語でして欲しいという要請も出てきたという。
海上での通信にはIMOのSMCPを使うように推奨されているところから、タグへの指示も標準化された英語で行われることが望ましい。
この為、決議では SMCP の A1/4.1Pilotageの項に新たにタグとの交信に関する標準用語を策定し IMO に提案することを求めている。
この作業の為に IMPA(国際パイロット協会)、国際タグボート協会及びドイツ海事英語学会と協力することを勧告している。
一方、総会に出席していた IMPA の事務局長は、この問題についてコメントをもとめられて、IMPA としてタグとの交信に関する英語の統一と言った問題に取り組む予定はない、こうした問題は個々の水先区がその国、その水先区の実情に応じて取り組むべき問題と考えていると発言した。
そして2003年にIMOで行われた航行安全小委員会での日本のパイロットの発言を引用した。
すなわち数隻のタグを使用してVLCCなどの離着桟操船を行う際に、敢えて英語で交信することは安全の確保にはつながらない、というものである。
筆者もこの時の小委員会に出席していたが、この発言をされたのは元東京湾水先区の大羽純昭パイロットだったと思う。
この発言で多くのIMOの出席者が同意を示し、この問題は棚上げとなったと記憶している。
IFSMA の総会では IMPA の発言にもかかわらず、標準用語策定作業をしてみようとの意見が多数であり、決議の採択となった。
我々としては特に積極的にこの作業に参加することはないが、ある程度成案が得られればその時点で精査し、意見を述べたいと思う。

2.Safety of Passenger Vessels 「客船の安全性」
これは言うまでもなく、今年1 月に発生したコスタ・コンコルディア号の海難事故を踏まえて提案されたものである。
提案したのは英・蘭船舶職員組合に属する IFSMA の副会長である。
プレゼンでは“Safety of Large Passenger Vessels” となっているが、IMOでは Large Passenger Vessels の定義がなされていないので、決議では単に Passenger Ship とした。
決議として挙げられた10項目は、当直者の数、BRM 研修の強化、復元性の確保、縦通隔壁の増強、難燃性資材の利用拡大、救命設備の数量、避難訓練の徹底、動力源の多重化、危機管理訓練など多岐に亘るが、総会で議論を呼んだのは航海中の当直者数の問題である。
1)Adequate manning of bridge and engine room, including at least two watchkeepingofficers on duty both on the bridge and in the engine room at all times while the ship at sea;
である。すなわち航海中はブリッジ及び機関室には常に2 名以上の航海士及び機関士をそれぞれ配置することを求めている。
しかしこれを客船の大小その他の条件を問わず適用することは明らかに非現実的である。
日本船長協会はこの点を発言し、あまりに現実離れした提案を行うことは IFSMA の信頼性を損なうものではないかと指摘した。
これに対しデンマーク代表も支持を表明し、議論は続いた。
挙手による投票が2 度にわたって行われ、日本船長協会は最初は反対票を投じたが、2回目は棄権した。
棄権した理由は我々の懸念は総会で十分に認識されたこと、またこれが今後 IFSMA の理事会で審議され、さらに外部の機関、そして最終的にはIMOに提出されるとしてもそれまでに多くの場面で多様なコメントを受けること自体意味のあることであり、またIFSMAのMottoであるUnity For Safety At Sea を尊重しメンバーとしての一体性を維持することでもあった。

3.Criminalization of the Shipmasters 「船長の犯罪者扱い」
これはここ十数年に及ぶIFSMAの重要な活動目的である。
海難や環境汚染事故が発生した場合船長がまずもって拘束されるケースが依然として後を絶たない。
今回の決議は2010年に創設された船長のための法的費用を負担する保険 Master Mariners Protect の周知と利用を呼びかけると共に、前号でも紹介したSeafarers’Rights International(SRI)との連携を打ち出したものである。
この総会にも SRI の Executive Directorの Ms Deirdre Fitzpatrick が出席してプレゼンを行った。
その内容は前回の理事会のプレゼンと基本的に同じであるが、今回彼女が強調したのは船員という職業は今や最も危険な職業の一つである、文字通りの移動労働者であり、傷病、不公正な待遇、搾取、酷使そして不正行為に晒されている。
船員は一般の人々の目の届きにくい所で働き、異なった国々の管轄下にあり、また異なった法令の適用を受ける。
それらの法律が適用されるのが正しいのかどうかも判然としないケースも多くある。
こうした複雑な法体系のもとで船員が自己の権利や受けることの出来る保護などについて正確に理解するのは非常に難しい。
こうした船員の環境に対して出来る限りの援助をしたいとするのがこのSRIの設立目的であり、存在価値である。
このMaster Mariners Protect保険やSRIの存在は、殆どの会員諸兄にとっては関係の
ないものかと思うが、こうした保険や団体があることを知って戴ければ幸いである。
なお、Master Mariners Protect保険についてもし興味があれば、次のサイトにアクセスして欲しい。www.master-benefits.com

4.Victims of Piracy 「海賊による犠牲者」
これは海賊の根絶には海上での警戒や各国との連携のみならず陸上における基地の攻撃、武器や資金の供給源の遮断、さらにはソマリア自立の支援などの必要性を挙げると共に海賊による犠牲者救済のための基金“Victims of Piracy Fund”の設立を呼び掛けている。
これは人質となった船員や死傷した船員及びその家族に対する支援・救済を目的とするものであるが、現時点で具体的な構想があるわけではない。
海賊の根絶のためにはソマリアが独立した国家として機能することが絶対条件であろう。
そのためには有効な法治機構が確立されねばならない。
しかしながら国際的な努力にもかかわらずなかなか成果は上がらない。
日本海難防止協会ロンドン研究室が伝えるBBCやロイター電によると「ソマリアの開発・再建のために援助された資金の7割が、実際には本来の目的のために計上されていなかったと指摘する国連のソマリア監視グループ(The U.N.Monitoring Group on Somalia)が作成した報告書が漏洩し、ソマリアリポートが公表した。
ソマリア暫定政府は同報告書が指摘する汚職の存在を否定し、暫定政府首相は、同報告書の指摘内容が撤回されなければ名誉毀損での訴訟になる可能性があると指摘した。
また同報告書は、4月にソマリアのアフマド大統領の承認により海賊の主導者Mohamed Abdi Hassan“Afweyne”が、マレーシアに渡航できるよう外交官用旅券が発行された証拠を確保したとしている。
これについてアフマド大統領は、同旅券発行は海賊ネットワークを解体する目的で行ったと述べた。」などのレポートに接すると道は遠いと思わざるを得ない。
しかし地道な努力は続けなければならないし、また国際機関により多くの試みもなされている。
最近発表された欧州連合による EUCAP Nastorハシs というプロジェクトは7月20日のLloydハシs List によると今後成果が期待されるプロジェクトだという。
これはソマリアを始め近隣諸国の沿岸警備隊の増強や行政及び資本関係者の人材養成を含むものだとのことである。
期待するところ切なるものがある。
次の総会決議のも海賊問題である。

5.Coping with Capture 「人質生活を乗り切る」
現在ソマリアだけでも500人前後の船員が人質となって囚われている。
人質の生活は地獄であり、悲惨の一言に尽きるであろうことは想像に難くない。
海賊の襲撃を受ければ人質に取られる可能性もあり、こうした事態にそなえて“Coping with Capture” という本が出版された。
副題“Hostage Handbook On Somali Pirates”とあるように人質生活に関するハンドブックである。
これはデンマーク船長・航海士組合とデンマークの海事コンサルタントである Citadel Solutions の共著である。
このようなハンドブックを作らねばならぬ状況はやりきれない。
これはA 5 版の121ページで写真や図版も豊富だが、その多くはイメージである。
海賊やその武器の写真などは何ともおぞましい。
内容をみるとソマリア海賊の概説、海賊の内部構造、襲撃の実態、船内のシタデル、海賊による拘束、船内もしくは陸上での人質生活、人質生活における傷病、身体的及び精神的な文字通りのサヴァイバル闘争、海賊に対応するための実際的な方法としてのイスラム教や彼らの文化的背景などの解説に加え、ソマリア語と英語の対照表も用意されており、ハンドブックとしては良くできている。
決議では、無いとは言い切れない人質生活に備え各船にこれを備え、また読むことを勧めているが、こうした事態は何とも嘆かわしくまた怒りに耐えない。
実際このハンドブックを読むだけでも気が滅入ってしまう。
こうした状況は若い人達をますます海から、船から遠ざけてしまうだろう。
何としても海賊問題解決の目途を付けたいものである。
このハンドブックは1冊$35(約2800円)で市販されているそうだが、会員諸兄で購入の希望があれば日本船長協会事務局へ連絡してほしい。

6.Fatigue 「船員の疲労問題」
疲労の問題は船員の犯罪者扱い問題と並んで近年のIFSMAの大きな活動目標であるが、今年の決議は最近発表された欧州連合の研究プロジェクト“Horizen”を取り上げた。
これは欧州連合の基金の支援をうけて、主として異なる当直体制、すなわち3人の当直者による4時間の当直、8時間の休息と2人の当直者による6時間当直、6時間休息体制の疲労度を調査したものである。
調査には欧州地域にある大学、船級協会、研究機関、労組、P&I、欧州船主協会、欧州港長委員会、海運業界団体、英国事故調査委員会、英国海上保安庁など11団体がコンソーシャムを結成して参加した。
研究の手法は船橋シュミレーター、機関室シュミレーター及び液体貨物シュミレーターを使って、多くの被験者から生理学的なデータを収集したものである。
この6-ON、6-OFFという当直体制は欧州の沿岸や近海航路では主流だそうだが、以前から船員の疲労や事故が懸念されていたので、ここで本格的な調査を行い必要であれば、これを規制することになるのであろう。
もちろん6-ON、6-OFF当直の問題点だけを指摘する研究ではなく、昼夜働かねばならぬ船舶職員の身体的・精神的な現象を生理学的に可能な限り解明しようとするものであるから、当直業務に関わる会員諸兄には参考になることもあるであろう。
このレポートは人間は24時間のリズムに支配され、昼行性であることが改めて明確になり、また休息中・睡眠中の擾乱は一段と疲労を高めることが数字に表れているという。どの項目も常識的な結論だが、興味のある方は www.projecthorizon.eu にアクセスして欲しい。

7.MLC 2006 「2006年の海事労働条約」
総会の直前にスウェーデン政府がこの条約を批准したことが報道された。
その後キプロスが間もなく批准すると伝えられ、条約発効に必要な30ヶ国に達するのは秒読み段階となった。
この記事が印刷される頃には発効要件を満たしているかもしれない。
海事労働条約は発効要件を満たした12ヶ月後に発効することとなっている。
発効すれば証書取得のための準備や検査、そして寄港地においてはPSCが活発に行われることになろう。
このため日本船長協会は船長実務講座として「2006年海事労働条約 ~解説と対応~」を東京にて10月12日繹ョ、神戸においては11月22日繹ュに開催することを予定している。

Safety at Sea and in Ports in times of Tsunami Crisis(Update)
総会決議ではないが、日本船長協会の小島会長が上記タイトルでプレゼンを行った。
津波及び地震災害による港湾施設及びインフラの復興状況と現時点での放射能のレヴェルを報告したものである。
港湾施設が主要港で既に87%復旧しているとの報告は参加者を改めて驚かせたようである。



2014年の総会
2013年の総会は4月にオーストラリアのメルボルンで開催することが決定しているが、2014年については未定であった。
総会の終わりにパキスタン船長協会(Master Mariners Society of Pakistan)は正式に2014年のIFSMA総会を招待したいと表明した。
パキスタンはこれまでも何度か非公式に総会を招待したいと云っていたが、正式に招待を表明したのは初めてである。
どこで総会を開催するかは後日理事会で審議されるが、パキスタンについては保安上の問題なども懸念されるのでどうなるかはわからない。
パキスタンの招待のあと、アイルランドも同じく2014年の総会を招待したいとの発言があった。
またチリーは2015年に招待することを考えているとの発言もあった。

IFSMA名誉会員
今回の総会でIMOの事務局長である關水康司氏とIFSMA前事務局長のCapt R. M. Mac Donald が名誉会員に推挙され承認された。

Lean Ship of the Future(本船の検査、書類作成の簡素化へ向けて)

(一社)日本船長協会 会長 小島 茂

IFSMAの総会の前日、6月13日にデンマーク海事局と同国船舶職員協会の協力でワークショップ(研究、検討会)が開かれた。
“最近、港での本船の諸インスペクションや、入港書類、関係先への報告書作成業務が増え、それに費やす船長の過重負担が問題になっている。
その負担をいかに軽減していくか”、についての検討、意見交換が行なわれた。
概要を下記する。
1 . 最初にデンマーク海事局長、Mr.Andreas Nordseth がスピーカーとして立ち発言した。
「近年、本船船長の責任業務量が急激に増えている。本船の審査、検査の準備、立会い、提出する必要書類の増加がある。負担を少なくするには受験回数を減らすことや、書類内容のフォームの統一化、簡略化が必要である。船長は本来の、本船の安全運航により集中すべきだ」
1 今日ほど本船が監督、監視され、種々認証の説明、提出すべき書類、関係先へのレポートが要求されることは無かった。
これら作業に費やされる船長、船員の労力は異常なほど増えている。
2 デンマーク海事局はコンサルタント会社の協力を得て、現状調査、分析を行なった。
アンケートではデンマークの殆んどの外航船船長は書類作成、度重なる監査、検査実施に時間をとられ疲れがたまり、悩まされているとの回答だった。(具体例をあげた)
3 同じ種類の書類を統一形式にして作成出来ないか。
港関連の行政上の、また運航上の提出書類を減らせないか。種々のルール対応確認審査や、単にインスペクターの点数稼ぎのためだけの船舶審査は止めるべきだ。
2 .次にデンマーク船舶職員協会、Capt.Jans Naldal は船の業務の現状を説明、報告した。
とにかく必要以上の仕事を増やさないで欲しい。
複数の類似の提出書類作成、検査立会い等の時間の浪費を避けたい。
他に3名のプレゼンテーションがあった。
3 .「まとめ」として、
1 提出書類のフォームの統一化を進める。
2 関連先(港湾関連、石油会社、傭船社、審査機構等)への共通情報部分の共有化をはかる。書類作成を減らす。必要以上のメールは避ける。
3 陸上で作成できる書類、問合わせは陸上部門に移す。
関係者との適切なコミュニケーションにより、無駄を省く。
4 各国のバラバラな IMOの各種コードに対する解釈を国際的に調和ないし統一化することにより、本船及び船社の負担を軽減する。
5 種々の規約、規則に対して、船舶管理・システムの提出書類の統一化が出来ないか。
6 E-Navigationシステムを活用する。
7 過重労働にならないために適切な配乗も考える。
上記検討事項を IMO(国際海事機関)で海運による国際貿易関連の手続の簡易化を審議するFAL(簡易化委員会)に提出し、早急な改善履行についての検討を求めることとした。
尚、本件に関して今後の動向に注意していく。



LastUpDate: 2024-Nov-25