IFSMA便りNO.26

(社)日本船長協会事務局

ISPS コード・ワークショップ

11月にマニラでIFSMA主催によるワークショップが開かれた。主題は Reviewing the ISPS Code10 years on  is the Code working as intended ? ~で、「船舶及び港湾施設保安コード」(ISPS コード)が IMOで採択されて10年経つが、意図したような効果を発揮しているのか、問題はないのか検証してみよう、というものである。
ワークショップは毎年11月にマニラで行われる Asia-Pacific Manning & Training Conference の前日に Interactive Focus Day すなわち講師と参加者が相互に意見の交換を行うことを主眼とする討論会として開催されたものである。
このワークショップは毎年その時々にふさわしいトピックを選んで行ってきたのだが、今年は ISPS コードが採択されて10年の節目となるので取り上げたものである。これまでは GlobalMet などの他の団体と共同で開催してきたので参加者も多かったが今年は、IFSMA 単独で開催といったこともあってこじんまりした会合となった。それだけに講師と参加者との距離は殆ど感じられず、活発な意見の交換と討論が行われた。
プリゼンテーション用のパワーポイントで示された顔写真で誰がテロリストかを推測したり、講師の指示に従って参加者が互いに質疑応答をしたり、まさしく Interactive なこれまでとは違った中味の濃いセミナーとなった。
セミナーは IFSMA の会長であるリンドヴァル船長の挨拶と ISPS コードの概要について紹介があった。そして英国のプリマス大学の調査による船員が懸念している事柄を紹介したが、それによると調査に協力した船員の75%が最初に海賊問題を挙げ、次に船員の犯罪者扱いを挙げたものが70%、そして3番目が上陸の制限で61%にのぼっている。次いで ISPS コードの手続きを挙げているのが49%であると紹介し、如何に船員がISPSコードに関わる問題に神経をすり減らしているかを証明した。そしてリンドヴァル船長は、このワークショップが船員の懸念及び負担を軽減する一助になることを強く望んでいると結んだ。
このあと「ISPS リポート」と称して、ノルウェーの船長・航海士組合の常務理事であり、IFSMA の副会長を務めるサンデ船長が講演を行った。これは彼が所属する組合でアンケート調査を行ったもので、1200人の現場の船員が調査に協力した。この調査のユニークな点は ISPS コードが発効して4年経った2008年と今年の11月(2012年)の2回実施した点で、組合員の ISPS コードに対する意識の変化が伺われる点である。

ノルウェーには公共港湾が約60港あり、それらの港ではこの ISPS コードの適用を受けるわけで、組合員の約80%は沖合掘削装置に関わる船員と沿岸航海の船員であるが殆どがISPS コードに関わることとなる。なお漁港はノルウェー全国で約800港あるそうである。質問事項は9項目あって、
(1) コードは船内の生活に影響を及ぼしているか
(2) コードは本船の保安にどのような影響を及ぼしているか
この(1)、(2)項については、コードの導入は単なるエキストラ・ワークあるいはペーパー・エクササイズに過ぎないなどの理由で否定的な影響が大きいと答えるものが多いがそれでも4年前に比べて肯定的な意見もわずかに増えている。
(3) 港湾当局は保安のために本船と協働することに肯定的であると感じるか
41%もの乗組員が港湾当局と本船との協働は機能していないと答えている。
(4) 船舶保安管理者は正規の訓練をうけているか
90%弱が正規の訓練を受けているとしている。しかし、レヴェル・アップのための更新研修の必要性や研修自体の不備でペーパー・エクササイズに過ぎないとする回答もある。
(5) コード実施の為に配乗人員は増えたか
これは殆どがノーと答えている。
(6) ISPS コードの導入に伴い船員を辞めた者はいるのか
このような理由で船員を辞めるのか疑問に思ったが、2008年には13.7%、2012年でも11.0%がそのような船員を知っていると答えている。
(7) 過去2 年間にコードの為に上陸許可が下りなかったことはあるか
これも2008年に18.9%、2012年でも14.0%がそのような事実があったと答えている。
そして国別では米国で一番問題が多いとしているが、その他にシンガポールや韓国の名前が上位に来ている。回答者の17%が上陸許可について問題ありと言及している。
ノルウェーの船長・航海士組合の組合員は多くがノルウェー人であろうし、この調査に協力したのは殆どがノルウェー人とのことであるから、この回答はかなり深刻な事態を示すものであろう。この後の報告でも扱われるが、米国に於いてイスラム系の船舶や乗組員では上陸許可を得るのは困難なようだ。
(8) 本船の保安体制は向上したと思うか
保安体制の向上は4 年前から倍増して26%が効果があったとしている。
(9) コードの導入は仕事量の増加となったか
これについてはイエスと答えた者が53.6%から64%に増えている。この報告を行ったサンデ船長は ISPS コードの功罪と結論は、このワークショップの議論に委ねると言ったが、乗組員の余分な仕事と上陸許可を巡る煩瑣な手続きや不許可は間違いなく深刻な問題である。

次いでプリゼンテーションを行ったのは、The Mission to Seafarers の福祉・公正担当局長のケン・ピータース牧師(Rev Canon Ken Peters)である。彼は1980年代に神戸の The Mission to Seafarers のチャプレンを5年間務めていた。また東京及びロンドンで海洋政策などに関する修士号を取っており、日本語も多少理解する。ピータース牧師は説教で鍛えた大きな力強い声でひたすら如何に船員が入国管理官に不当な扱いを受けているかを語った。
長年日本人を始め英語の苦手な船員を相手にしていたせいか、ゆっくりと正確な判りやすい英語でプレゼンをし、圧倒的な説得力があった。
“Thank you seafarers” と題したパワーポイントのスライドを1 ~ 2 枚紹介してみよう。


しかし、実態はこれほど規律正しく、職務に忠実は職業人社会はないと力説する。
そして、船員が限定された空間で、しかもストレスの多い労働環境において、それこそ唯一の気分転換と家族や友人へのコミュニケーションを取ることが可能となる上陸許可が船員にとって如何に重要か関係者は理解しなければならないと声を強める。
上陸許可が認められないのは、ISPS コードの誤解、コード実施の度の過ぎた熱心さ、ターミナル管理者や保安ガードの怠惰/事なかれ主義、外国人への偏見と人種差別、これは例えば米国ではモハメッドなどという名前は上陸許可の下りることは困難だという。また一部の船主が乗組員をなるべく船内に留め置こうとする傾向、関係者の賄賂目的などが挙げられるという。
こうした関係者の無理解や偏見は船員だけでなく船員のための福祉関係者にも大きな影響を及ぼす。最大の船員福祉団体であるThe Mission to Seafarers はこれまでに世界の各地でこうした問題に直面し、船員のための福祉事業に大きな支障を来している。
こうした問題を少しでも解決するには、まずISPS コードについて関係者、とりわけ陸上の関係者の理解が必要である。ISPS コードについての研修や勉強会の開催はもとより、IMO自身も ISPS コードの解釈について随時統一的なガイダンスを出すべきであると提案している。
また ILO(国際労働機関)の185号条約についても言及があったが、これについては次の ISF(国際海運連盟)のナタリー・ショウ女史が詳説したので次に紹介する。

ナタリー・ショウ女史は各国船主協会の国際的団体である ISF(国際海運連盟)の労働問題に関するダイレクターである。


ISF は ILO において船主側を代表する団体である。ILO の185号条約というのは、1958年に採択された「船員の身分証明書条約(第108号)」を改正し、これに代わる条約として2003年6月に採択したものである。
最初の条約は、船員の上陸や乗下船の為に入出国するためにパスポートの他に船員の身分証明書を認め手続きを簡易化する目的であったが、この条約は1961年に発効したものの殆ど効果はなかった。このため条約見直しが提案されていたところ、2001年の9月11日の同時多発テロ事件後、効果的な対テロ安全対策の一つとして、急遽改正作業に入り、その発効手続きや条件を緩和したため、わずか2年で2005年には発効した。
しかし日本はまだ批准していない。この条約は全世界共通の画一的な船員の ID を提供するために生体認証や指紋認証システムなどの保安対策の強化が盛り込まれている。しかしまだこの条約の批准国は24ヶ国と少なく、またそれらの国々でも生体認証や指紋認証のシステムや機器の導入が十分になされていないこともあって、この条約が機能しているとは言えない。依然としてパスポート・チェックが主であり、国によってはヴィザを必要とする。これに加えて ISPS コードとの関連で船員の上陸や乗下船の為の移動に大きな支障が出ているのである。
日本船長協会は山本常務理事が「ISPS コードと日本」と題してプリゼンテーションを行った。山本常務理事は自身の“Anecdote” から話を始めた。二十数年前初めてマニラを訪れた際空港の入国管理官から入国を拒否され、次の便で直ちに帰国するように求められた。
理由を質すとヤマモトタケシという名前は日本のヤクザということでブラックリストに載っている、とのことであった。その場は旅行代理店の口添えもあり、パスポートを入国管理官に預けることによって何とか入国を許可された。ヤマモトタケシは日本ではありふれた名前で、ヤクザに山本が居るかもしれないし、同様にモハメッドだからと言ってテロリストとは限らない、何事も名前だけで判断するのは大きな間違いを起こす可能性がある、と結んだ。これは参加者にうけて会議場は一気に和んだ。
本題に入り、NKや国土交通省の資料も引用して、日本の船社の対応や港湾当局の体制などについて詳細に説明した。例によって日本の対応の精緻さに感嘆する声もあった。一方で日本では保安レヴェル1 を超えたことはなく、ISPS コードに対する切実感のない事も付け加えた。

この他に現地のマンニング会社の ISPSコード関連の研修やフィリッピン船員の教育・訓練に関するプリゼンテーションもあった。また海事英語の通信教育を専門とする会社のプリゼンテーションもあった。船内におけるコミュニケーションの重要さは言うまでもないが、そしてその共通言語としての英語役割、とりわけ緊急時の英語の重要さは論を待たないが、これについては別の機会に譲りたい。

セミナー終了後、議長を務めたリンドヴァル船長は、このセミナーを総括するものとして、次の様なキー・ワードを挙げた。これに基づき翌日の Asia-Pacific Manning &Training Conference の本会議に報告することとなった。ISPS コードの IMO での見直しや改正論議は今しばらく各方面で経験を積んでからのことになるであろう。
(キー・ワード)
ISPS コード解釈上の問題点、コード実施の必要性や切実感の欠如、船員に対する先入観及び偏見、仕事量の増加/過重労働、書類作業の増加、上陸許可の拒否、乗組員の乗下船、船員の犯罪者扱い、福祉関係者及び船員家族の訪船の支障、ID カード及び VISA、船陸交通の制限、配乗人員の不足。

国際船長協会宛  川島 裕 名誉会長の訃報


(一社)日本船長協会 副会長 赤塚宏一




 

LastUpDate: 2024-Nov-25