IFSMA便り NO.34

春の理事会

 


 2 月のロンドンにしては暖かく天気も良かった。ハイドパークにはラッパ水仙が花を開いて春の兆しを告げている。
 いつものマリン・ソサエティでいつもの顔ぶれがそろったが、今回は珍しくフランスのRemi 船長が出席した。しかも彼の後継者として推薦するPerrot 船長を伴っている。このRemi 船長は西アフリカのオフショア・リグに関わっているのだが、最近は海賊対策などのため多忙でIFSMA の会議に出席が難しく、IFSMA の副会長を今期で辞めることとしたのだ。
 理事会の議題は例によって盛り沢山だが、その内から三つ四つ選んで紹介しよう。

 

年次総会と役員選挙

 今年の総会は6 月始めにノルウェーのオスロから汽車で南へ約3 時間のSandefjold で開催される。Sandefjold は現地ではサンネフヨルと発音するらしい。
 下の市章からも判るようにフィヨルドの奥に位置したかつてのヴァイキングの基地であり、また近代はノルウェー捕鯨の中心地であったという。いまでも捕鯨船を模した遊覧船がフィヨルドを巡航するそうだ。
 ここはIFSMAの副会長で、次期会長就任予定のHans Sande 船長の故郷なのである。というわけで、まず役員選挙の話をしたい。IFSMAの役員は会長、会長代理、副会長7 人と計9 名である。任期は1 期4 年である。再選を妨げない。今年は4年に一度の選挙の年にあたる。前回マニラでの総会は対立候補はなく、無投票だったので今年は8 年ぶりの選挙になる。
 現在の会長であるスウェーデンのLindvall船長は1998年に川島裕船長の後を襲って会長になったので、会長として4 期16年務めたことになる。2 年ほど前からLindvall 船長が辞意を表明していて、後任をSande 船長にと打診していたのだが、業務多忙を理由になかなか首を立てに振らなかったが、いよいよ覚悟を決めたものと思われる。
 理事会当日までに会長に立候補したのは、彼だけなので、規約上は投票日の前日まで立候補できるのだが、これから会長に立候補しようというような人物は見当たらないので、Sande 船長が当確であろう。Sande 船長はノルウェー船舶職員組合のダイレクターであるが、現在も年に2 ヶ月程度はノルウェー沿岸急行船などの近海の船に乗るよう心掛けているという。若くて非常に活動的な船長であり、次号ではSande 船長の素顔やその経歴、教育歴、また船長の勤務実態などについて報告したいと思っている。
 筆者も副会長を1 期4 年、会長代理を2 期8 年務めたのでこれを以て辞任することとした。
 会長代理には現職の副会長であるドイツのWittig 船長とオランダのBroek 船長が立候補した。会長代理は選挙となるが、ドイツがやや優勢ということであろう。落選した会長代理の候補者は自動的に副会長の選挙にまわることとなっている。この会長代理選挙の落選者も含めて定員7 名の副会長に現在10名、立候補している。
 フランス(ACOMM、AFCAN)、デンマーク、オランダ若しくはドイツ、スウェーデン、日本、アルゼンチン、チリー、パキスタン、トルコの10名である。これまでIFSMA に加盟以来、副会長職を務めてきた米は候補者のスには船長協会が二つあり、一つは英仏海峡のフェリーなどの船長が加盟しているAFCAN と船長及び航海士の加盟している船長・航海士組合であるACOMM である。
 パキスタンは西アジアにあっては珍しくIFSMA の活動に積極的で、毎年総会にペーパーも出し、また複数の会員が出席する。そして昨年の総会はカラチで開催したいと手を挙げたほどである。このカラチ開催は欧州諸国ではテロの恐れからパキスタン渡航に自粛令が出ているところから実現しなかったが、IFSMA にとっては嬉しいことである。こうした西アジア地域の船長協会から副会長を出したいと思うが、選挙なのでどうなるか判らない。トルコは昨年加盟したばかりだが、まずは総会でお披露目をしてからのことかと思われる。
 さて、日本であるが1 年以上前から会長及び森本顧問と共に、これはと言う方にお願いしてきたが、皆さんそれぞれに事情があり、今日にいたるまで候補者は見つかっていない。一方IFSMA としては、これまでも月報誌上で度々書いたところだが、役員が会長以下9人も居ながらアジア人が一人も居ない状況は国際団体としてcredibility に欠ける、何が何でも日本から候補者をだして欲しいと言われている。またIFSMA の事務局はいずれもパートタイムの事務局長及び副事務局長がいるのみで、その情報発信機能も弱く、従って役員として理事会に出席し、あるいは日頃から事務局員や他の役員とメールの交換をしておかねば情報の収集がままならない。このため副会長として暫定的に筆者の名前を登録しておいたが立候補届は総会の前日まで可能なので、何とか適任者を見つけたいと願っている。もっとも今回は選挙となるので、落選することもありうるわけで、それなりの選挙運動も必要である。

 

避難水域と総会決議


 上の写真は昨年12月29日に韓国・釜山沖でコンテナ船と衝突して炎上した香港籍のケミカルタンカー「マリタイムメイシー号 MaritimeMaisie」(29、211総トン)の写真だが、その処理に長い時間が掛かっているのはご存じだろう。1 月30日付の日本海事新聞によると同船は事故後から炎上を続け、1 月17日にようやく鎮火したものの船体の損傷が激しく、早期に対応しなければ折損による積荷の引火性の高いアクリルニトロの流出の懸念があり避難港への曳航が急がれるが、海難船の最寄り港があり事故当事国でもある韓国が海難船の受け入れに難色を示し、また日本の海上保安庁も「環境汚染の影響などを勘案し、わが国で提供できる港がない」と受け入れを拒否している。
 乗組員は全て救助され、同船はタグにより曳航されたが、海上保安大学校の山地哲也教授によると、この原稿を書いている時点( 3月26日)では未だ避難港/ 避難水域は与えられておらず曳航された状態で対馬沖の公海上で船位を維持しているそうだ。(注:同船は4 月11日韓国のウルサンに入港したことが確認された。)事故発生が昨年の12月29日なので、間もなく3 カ月が経過しようとしている。このMaritime Maisie 号海難はまさに避難港/避難水域問題のモデル・ケースの様である。今後避難港/避難水域の研究がなされる時、恰好のケースとして参照されるのではないだろうか。
 避難港/避難水域について精力的に研究を続けている海保大の山地教授とは2012年に海洋政策研究財団の委託を受けて、東大の西村弓先生を委員長に同じく東大の長谷先生、立教大の許先生とご一緒に研究グループを作り、「避難船舶の避難港への受け入れに関する総合的研究」と題して発表したところである。これは海洋政策研究財団の会誌「海洋政策研究」の2012年の特別号として発刊された。
 避難港/避難水域許可の交渉は現在船主と香港政府海事局が行っているようであるが、乗組員の安全と積荷及び船体の安全を確保するために船長が避難港/避難水域を求めて必死の努力をしなければならないことも珍しくない。沿岸国は避難港/避難水域を与えるどころか領海への侵入を拒否することもある。2001年地中海で起きたタンカーCastor 号の海難がそれである。
 Castor 号はモロッコ沖16マイルの沖合で船体に亀裂が生じたため、モロッコに避難港を求めたが、モロッコはこれを拒否するのみならず自国の管轄下の水域への入域を禁止した。さらにジブラルタル、アルジェリア、マルタ、ギリシャも同号の領海内への侵入を拒否した。乗組員、船体、積荷の安全に全責任を持つ船長の心中はいかばかりであろう。
 この避難港/避難水域に関してはIMO で幾度となく審議され、2003年12月に「援助を必要とする船舶の避難水域に関するガイドライン」が採択された。しかしこれはガイドラインであり、非拘束的なものである。
 今回のMaritime Maisie 号に対する韓国及び日本の対応に危機感を抱いた主要海運関係団体、すなわち国際海運会議所(ICS)、国際海上保険連合(IUMI)、国際救助者連盟(ISU)は、関係国は早急にIMO のガイドラインに沿って処理し、特に“No rejectionwithout inspection” と訴えている。そしてNIMBY(ニンビー)シンドローム(Not InMy Back Yard 自分の裏庭には来ないで)を即刻止めるようにと呼びかけている。この記事の見出しは、“Yes, in your backyard”となっている。
 このNIMBY シンドロームは厄介な問題で、例えばゴミ処理工場などのいわゆる迷惑施設が建設されると、地域や住民に対して環境被害などの損害をもたらす、などと反対運動が起きるが、いうまでもなくゴミ処理工場は全ての住民に必要なものである。このため反対住民に対して「住民エゴ」として批判も起きる。施設が建設されることにより、具体的な損害が起きるのかと言った論議もあるであろう。
 しかし援助を必要とする船舶の場合、乗組員の安全に関わる問題もあること、さらに避難港/避難水域をNIMBY と言って拒否することによって、当事者がむしろ被害を蒙り、被害を拡大する可能性も十分にあることである。その良い例が2002年11月に起きたPrestige号海難である。避難港/避難水域の提供を拒否したスペインは結果として甚大な海洋汚染被害を蒙ったのである。
 アジア地域の15の船主協会が加盟するアジア船主フォーラム(ASF)もこの事態を深刻にとらえ、沿岸国を始め関係国はIMO ガイドラインにそって、海洋汚染などの二次災害を防ぐために、避難港/避難水域の許可など早急に対策を取るよう強く求めている。
 前置きが大変長くなったが、IFSMA としてはこのような事態を踏まえ、今後この避難港/避難水域の問題に正面から向き合うこととなった。このため今年の総会に総会決議として取り上げることとしている。従来の総会決議は採択しても実効/実行が伴わないケースも見受けられ、決議が採択されれば一件落着みたいなところもないとは言えなかったが、前回の理事会で今後は総会決議のフォローを確実にすることとして、スプレッド・シートによる書式も定め、具体的にどのような行動を取ったのか、効果はどうであったか、今後はどう進めるのか、などを記録しフォローすることとした次第である。

 

投錨・揚錨作業と事故防止対策

 日本船長協会はこれまでも教育用のDVD を作製すると、総会で紹介することとしてきた。今年も国際船員労務協会及び外国人船員福利基金管理委員会の支援を受けて 「投錨・揚錨作業と事故防止対策」という素晴らしいDVD が作製された。作製検討委員会委員長の矢吹先生を始め、参加して下さった委員の皆様に御礼を申し上げたい。
 総会でDVD を紹介ないし上映すると出席者からDVD を購入したいという希望が多い。最新の理論に基づき、判りやすい説明ときれいで豊富な映像やグラフ・図面などが好評の理由であろう。
 2002年に「制限水域における安全操船 その3  錨泊操船」を紹介した時は、質問やコメント、あるいは自分が船長の時の経験談など多くの出席者からの発言が相次ぎ、予定の時間を大幅にすぎて議長が苦慮するほどであった。今回は理論よりもむしろ事故防止のための実践に重きを置いた教育DVD であるから、購入希望者も多く、好評であろうと思う。

 

経費節減策と事務所の改装


 二つ目は現在の事務所を少々改装し真ん中に衝立を設け、CIRM(Comite InternationalRadio-Maritime 国際海事無線会議)の事務局と同居することとなった。
 このCIRM は名前からわかるように舶用電器・通信機器のメーカーの団体で、日本からはJRC、東京計器、古野電気の3 社が加盟している。IMO の技術委員会の常連である。
 CIRM とは同居するだけに止まらず、事務職員も共同で雇うことにしている。これらの手当てにより数千ポンドの費用節減が見込まれている。
 上の写真はCIRM の事務局長であるMs.Frances Baskerville である。IFSMA 事務所の奥に机を置いている。彼女の姓Baskerville はコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ・シリーズの長編「バスカヴィル家の犬」と同じ名前なので、直ぐに憶えてもらえると言っていた。
 IFSMA とCIRM がIMO で連携して安全と環境保護の為に働いてもらいたいとおもう。

 

参考資料
2014年1 月30日付け海事新聞
海洋政策研究財団「海洋政策研究」特別号 
2012年

 

(一社)日本船長協会 副会長 赤塚宏一

 


LastUpDate: 2024-Mar-25