IFSMA便り NO.61

自律運航船と船員の将来

(一社)日本船長協会 副会長 赤塚 宏一

 

自律運航船を巡って

 「海上自律運航船」の議論が本格化してきた。IMO ではMSC99(第99回海上安全委員会)で “Regulatory scoping exercise for the use of Maritime Autonomous Surface Ships(MASS)” という正式名称をもって新しい議題として採択し、作業を始めたことは本誌第446号(平成30年8 月・9 月号)でIMO の山田浩之会議部長(当時)が報告されている。
これを受けて活発な議論が随所で行われているが、そうしたなかで英国は11月に自律運航船の実施基準(Code of Practice)の第2 版を発表した。2017年11月に発表した実施基準に比較して、第2 版は運航関係者の技術や教育・訓練、また船舶の登録などに重点が置かれているという。その他にも自律運航船と船員の将来についても論じた論考が二、三出てきたので今回はそれらを概観してみたいと思う。
 雑誌「海運」11月号に国際労務協会の赤嶺会長が書かれた記事に『毎年、MAAP の入学式に参列した後、新入生の質問を受ける場面があり、本年初めて参加したのだが、「日本の大手海運会社は自律運航船のプロジェクトを進めているが、われわれの将来は大丈夫か?」という質問があって、正直驚かされた。』とある。
 またIMO の林(Mr.Kitack Lim)事務局長も各国の海事教育訓練機関を訪問した際に、在校生から「海上自律運航船」の導入が現実的な視野に入ったことを踏まえ、将来を懸念する声を多く聞いたと言っている。(本誌第444号 平成30年4 月・5 月号)
 現在すでに船長職を執っている会員諸兄にとっては「海上自律運航船」の影響は比較的少ないとは思われるものの、若手の航海士会員や在学中の学生には深刻なものであろう。
 10月23日のLRO ニュースによると、コングスベルグ(ノルウェーの軍需関連企業で英ロールスロイス社の海洋事業部門を買収し世界の自律運航船の技術の最先端を行く)の海事部門の幹部がドバイのノルウェー大使館で開催されたセミナーで自律運航技術の進展により直ちにすべての船員が失職するわけではないことを説明したとのことだが概要は以下のとおりである。

 ①自律運航船のうち完全に無人化されるのはむしろ少数で、多くの自律運航船はすべてまたは一部の船員を乗船させる形で運航される見込みである。
 ②公海上の航海においては、自動運航が進み運航要員は必要なくなるとしても、依然として保守管理要員を乗船させる必要がある。
 ③内航海運については無人運航化が進むものの、無人運航船は陸上の運航管理センターで勤務する船員によって管理され、船員は陸上勤務をすることによって、現在の海上勤務に比較してはるかにバランスの取れた生活を送ることが可能となる。
 と極めて明るい未来を語っているものの、時間軸には触れていない。
 少し古いが、英蘭船舶職員組合NautilusInternational の機関誌“telegraph” 9 月号では6 月にアムステルダムで開催された“Autonomous Ship Technology Symposium2018” の模様を報告しているが、そのなかでNautilus International の事務局員のAllanGraveson は既に商船では機関室の無人化船、すなわちM- 0 船で十分な実績と経験を積み重ねていることを挙げ、自律運航船の多くは大洋航海中はブリッジの無人化になるのではないかとのシナリオを伝えている。そしてこのシンポジウムで心に残ったのは “autonomous”no longer means fully unmanned, if it everdid. すなわち自律運航船は完全な無人化と考えられたことがあったとしても、今やそのようなことにはならないであろう、ということだという。
 このシンポジウムは2019年6 月にもアムステルダムで開催されることが決まっており、そのプログラムもすでにホームページに乗っている。船員との関わりについてはカナダの大学教授が “the mariner in the age ofautomation” と題して講演する予定で、その概要は『来る自律運航船の時代には船員の役割は大きく変わる。それはこれまで確立されてきた海技の一部が不要となるとともに新しい海技が必要となるのは自明である。このため船員の訓練課程も大きく変わるであろう。プレゼンでは今後の船舶職員の教育訓練コースについて考察し、IMO の教育訓練のモデルコースの改訂を提言する。提言は船員の役割を慎重に分析し、これまでの経験と実績に基づき自律運航船の持つべき機能と船員に必要とされる技能について、おこなわれる』とある。
 またノルウェーのマリタイム・ロボティクス社のCOO は、“Autonomous vessels andwhy humans remain in the loop” と題してプレゼンを行う。これは『自律運航船はますます進歩するであろうが、完全な自律運航を行い、あらゆる状況に対処出来るまでにはまだまだ時間が掛かるであろう。技術の進歩は自律運航船の範囲を広げるであろうが、技術には基準が必要であり、品質保証が必要である。
 自律運航船が小さなカヤックに衝突したら誰の責任になるのであろう。自律船舶は限定された環境では何ら問題なく作動するが、複雑な状況では依然として、あたかもブリッジにあるがごとく全ての状況を考慮し、的確な指示を行う人間の存在が欠かせないであろう。プレゼンではどのようにして自律運航船を陸上のオペレーターがコントロールすることが出来るようになるのか、提示してみたい』としている。
 英国の王立航海学会の会誌 “Navigation News” 2018年9 ・10月号にはProf. AndyNorris が “Autonomy in the MaritimeWorld” と題して寄稿している。
 『海上自律運航船を巡る法制の問題は広く認識され、IMO を中心として審議がはじまるが、すでに多くの関係者の共通の理解としては現存船の船員は「海上自律運航船」に適用される新規則を覚える必要はないとことである。そして自律運航船の議論ではとりあえずはSHIP という言葉はごく一般的な意味で使われており、衝突予防法における小型船のような区別はされていないが、今後議論が進むにつれ船の大小のみならず自動化の程度により航法に違いの出る可能性がある。安全航行の確立のためには、視覚のみならず聴覚による周囲の状況の把握が重要であるが、これを遠隔地にあるオペレーション・センターでどのように再現するのかは技術上の大きな問題であろう。
 海上自律運航船のメリットは海難における人的要因の減少もあるが、大きなものはコストの削減であり、そのコストの削減は乗組員の減員、そして完全な無人化となった時点では建造費の大きな部分を占める居住区の廃止という大きな恩恵を船主にもたらすことになるのであろう。常にコストの低減を求められる海運業にあっては海上自律運航船への指向は大きな流れだろう。』

 

“Seafarers and digital disruption”

 さてここで10月16日に発表された自律運航船の出現が船員の将来性やその役割、世界の海運産業に与える影響をまとめた報告書を紹介したい。これはICS(国際海運会議所)の依頼によりドイツのHamburg School ofBusiness Administration (HSBA)が調査しまとめた報告書である。ちなみにHSBA は私立大学で、ドイツの大学で海事経営系で修士を得られる大学は、HSBA とニーダーザクセン州立のJade University of AppliedSciences だけとのことである。
 報告書は32ページからなっているが、カラーページが多く、実質20ページ程度である。
このレポートについては発表の翌日、すなわち10月17日付でL l o y d’ s L i s t が“Automation unlikely to hit officer jobs, ICS says.” と題して報道している。この見出しでもわかるように、船員の職業の維持には楽観的である。大掴みにレポートの内容を要約すると
(1) 海運のデジタル化は切れ目なく着実に進展する。
(2) 近い将来(in the foreseeable future)に船員の需要が不足することはない。
(3) 自律化に関連し陸上の多くの雇用が生まれるであろう。
(4) 自律化の進展に伴い、船員は新たな、かつ質・量とも相当な技術的教育・訓練が必要となる。
 以下にレポートの内容を紹介したい。
 船員に対する需要については、2015年にICS/BIMCO(ボルチック国際海運協議会)が行ったグローバル船員需給調査“MANPOWER REPORT The global supply and demand for seafarers in 2015” (本誌第433号 平成28年6 月・7 月号ご参照)を引用している。この調査では船舶職員の数は2025年には147,500人不足し、これは全職員の18% にもなる。一方「無人化船」は2020年にはどんなに大目に見ても100隻にもならないだろうし、2025年にはこれもどんなに楽観的にみても1000隻ぐらいだろし、そして2000隻ぐらいが準無人化船かもしれないが、そうなると船員の需要が30,000~50,000人減少する。これは自動化の進展による準無人化船の配乗人員の減少も当然含んでいる。しかし、無人化船、準無人化船の増加に伴い、陸上における運航管理センターにおいては、高度な訓練を受けた船舶職員、新しタイプのパイロット(“pilots of a new kind” これについてはレポートに説明はないが、陸上において本船に指示を与えるか、あるいは遠隔操船を行うshore pilot を指すと思われる)及びライデング・ギャング、いわゆる「寄港地における支援船員」が必要となり、無人化による船員の需要の減少を補って余りあるとしている。要するに自律化が進むに従い、船員の業務内容は変化するが、船員という職業が減るのではない、としている。したがって現在の船舶職員不足(2015年には147、500人不足との予想)と自律化の緩やかな進展と合わせて、当分の間は船員に対する需要が減少することはないとしている。
 船員 “Seafarer” という言葉は本来、乗船勤務をしている船員を指すとすれば、陸上にあって船舶運航に関わる要員については、混乱が生ずることになる。ここでは海技者とした方が判りやすいであろう。要するに船に乗っている海技者と陸にある海技者があって、船に乗っている海技者は現在でも需要が供給をはるかに上回っており、自律化が進行しても近い将来には船に乗る海技者の需要が減ることはない。加えて自律化の進行にともない、陸にある海技者の需要は大幅に増えると予想される、ということであろう。まだまだ先のことであろうが、自律化が行きつくところまで行けば、船に乗る海技者は無くなろうが、陸の海技者は無くならないであろう。この移行期間に海技者に新たに求められる資質に対応できるよう教育・訓練の内容を検討し、陸上経験の少ない海技者にデジタル化に対応した再訓練を行うことができる。
 しかし、この報告書がさらに説得力を持つためにはICS/BIMCO の “MANPOWERREPORT” に頼るだけではなく、陸上における海技者の役割や数的な考察も必要ではないかと思われる。とりわけ自律運航船を支援する陸上運航管理センターに必要とされる機能や要件、担当者の技術的要件などに触れる必要があるのではないか。
 またこの報告書は自律化の進展に応じて、乗組員の数が減少するが、これが乗組員の健康、とりわけ精神的な健康状態に及ぼすネガティブな影響に懸念を示している。現在でも少数かつ多国籍の船員で構成されている乗組員は船内においては仕事以外に触れ合う機会は少なく、加えて港における停泊期間も短く、上陸もままならぬ状態で精神的問題を抱える船員は顕在化しつつあるが、自律化の進行に伴い、乗組員の減少はさらに進み、またその職務もメンタルなものへと比重が移るので、ますます乗組員相互の交流はへり、乗組員は孤立することとなる。加えてインターネットや通信環境の整備により陸上にある家族や友人たちとのネットでのリアルタイムな交流は容易になるが、逆に乗組員自身は船内という閉鎖空間にあるギャップと自己の無力感に苦しむことになるであろう。また船内での社交的な活動の不足からネットやゲームに依存す危険性もある。
 こうした問題には海運関係者は積極的に取り組む必要があろう。

 

自律運航船とSTCW 条約

 自律運航船に伴う法的問題については既にIMO において正式に取り組んでいることは冒頭に書いたが、各国でも様々な研究会や検討会が開催されている。日本においても(一財)日本船舶技術研究協会が自律型海上輸送システム研究委員会を設置して、同システムの事業コンセプトの検討、技術コンセプトの開発、法律等社会制度上の課題の検討などを行っているが、(公財)日本海事センターは「自律型海上輸送システム(自動運航船)の航行についての法制度に関する勉強会」を立ち上げ、自動運航船の運航に関わる
 (1) 民事責任に関する法制度のあり方
 (2) 船員配乗規則(STCW 条約等)
 (3) 海上交通諸規則(衝突予防法)
 等々を検討している。

 筆者としては、STCW 条約の今後について大いに興味がある。それはSTCW 条約が乗船している海技者を対象とした条約であるが「海上自律運航船」の究極の目的は乗船する海技者をゼロとすることにあるからである。STCW 条約では、当然だが船員の存在が前提となっている。船上に誰もいない無人船では、同条約の規定は意味を成さない。船員不在を想定してSTCW 条約を改正し陸上にある海技者の資格要件に規制を掛けるべきと考える。既に、先進的なテクノロジーを搭載した船舶に関しては、STCW 条約の中でも新たな規定が必要ではないかとの指摘も出始めている。

 無人化以前の段階においては自律化の進行にともない、船員配乗員数は必然的に減少する。その時、その乗組員にどのような資格要件を課すのであろうか。海技者が乗船する最終段階においては、おそらくM- 0 は当然のこととして、B ― 0 (Bridge Space Zero-Person)となり、コングスベルクの言うように運航要員は居なくなり乗船しているのは最低限の保守要員ではないかと思われるが、船長は存在するのであろうか。船舶運航に関わる責任は陸上の運航支援センターが負うのであろうか。IMO で暫定的に合意されている、自律化の4 段階 (degree) の第2 段階は「船上に船員を乗せて遠隔制御される船舶」となっているが、この船員はどのような海技者なのかはなはだ興味あるところである。
 STCW 条約は1995年の抜本的改正において条約付属書に新しく第Ⅶ章を設けて、ここに「選択的資格証明」いわゆる Functional Approach の規定を置いたのだが、同章の第Ⅶ / 3  規則に選択的証明書の発給を規律する原則があり、これが手枷足枷となって議論すらも行われず、まさしく休眠規定となっていた。
 その原則とは、本質的に選択的証明書は次の為に発給してはならないとして、乗組員の数を減少させること、専門性の一貫性を低下させること、あるいは当直中、単一の証明書受有者対し機関及び甲板当直職員の複合業務の割当を正当化すること、などを挙げている。1995年当時はすでに無人化船の構想や研究はあったもののその技術水準、とりわけ通信技術やコンピュータ科学のレベルはIoT やAI時代を迎えた現代と比べるべくもなく、今後このFunctional Approach が「海上自律運航船」の時代に当たって脚光を浴びる事を信じている。
 このような事を考えているさなか、ICS の会長が11月始め、マニラで開催されたCrewConnect Conference でSTCW 条約の包括的な見直しを求め、これが11月6 日プレスリリースされた。これについて同日Lloyd’s List もTrade Winds も報道した。またL R O ニュースでも報じられた。ここではLRO ニュースをベースに簡単に内容を紹介したい。

① STCW 条約は1995年に抜本的な見直しを行い、全面改正され、その後2010年に「マニラ改正」を行ったが、その後大きな改正は25年以上行われていない。
② STCW 条約に基づく資格証明書を持った船員を雇用しても、実際に配乗させる前に、船社が追加的な訓練を行うことが常態化してきており、同条約に基づく訓練・資格要件が21世紀の海運実務に対応していない。
③次々と新技術が導入される結果、船上で船員に求められる役割・技能・訓練が既に大きく変貌しており、同条約の抜本的な見直しにより、自動化の推進など新たな技術的進展に効率的に対処する必要がある。
④同条約に則り自国内で船員の教育・訓練を行っていることをIMO に報告して有識者パネルで審議され、そのうえで掲載されるホワイト・リストに今やほとんどすべての国が含まれており、リストが有名無実化し、各締約国で条約に従って教育・訓練が実施されているか否か監視する制度もなく透明性を欠いている。同条約の抜本的な見直しによって、各締約国が条約に従って教育・訓練を実施、その透明性を向上させ、監視体制を強化すべきである。


 いずれももっともな指摘であり、自律化を見据えて1995年の全面改正以来の抜本的改正を行うべきである。特にホワイト・リスト審議においては、このシステムが初めて導入された1995年改正の初期においてすら、かなり杜撰な審議が行われたケースも見受けられ、一部の関係者が懸念を示していたことを、最初に中国及びフィリピンの審議を行った有識者パネルの一人として指摘しておきたい。
 また締約国間の資格証明書の相互承認についても杜撰な手続きが見受けらえるところであり、これについては英蘭船舶職員組合であるNautilus International がつとに警告しているところである。さらに乗船実習(SeagiongService)については、乗船期間の定義の曖昧さや、船上における指導・訓練方法やそのスーパーバイザーの資格、特に一般商船での乗船実習については検証や透明性の確保など規定の見直しが必要であろう。乗船実習期間そのものも操船シミュレータの精緻化なども踏まえ、今一度見直す必要があるのではないか。
 自律化の進展に伴いSTCW 条約のみならず国連海洋法条約も含めて、さまざまな実務的・法的課題が噴出するが、海事社会全体が総力を挙げて対処する必要があるであろう。大変な作業となろうが、Arm Chair Captain(安楽椅子の船長) となった今は今後こうした事業に立ち向かう人々が羨ましくも思われる。

 

後記

 今回は主として欧州の情報を紹介したが、ロンドンから送られてくるLRO ニュースに負うところが極めて大きく、改めて在ロンドン、日本海難防止協会特別参与、長谷部正道氏及びスタッフに謝意を表したい。

 

参考資料

“Navigation News” September/October 2018
Royal Institute of Navigation ‘Autonomy in the Maritime World’ by Prof. Andy Norris P.10
月報 “Captain” 第444号(平成30年4 月・5月号)、第446号(平成30年8 月・9 月号)
“telegraph” September 2018
「海運」2018年11月号
LRO ニュース
“Trade Winds” 6 November 2018
“Lloyd ‘s List” 6 November 2018
“Seafarers and digital disruption” by HSBA


 

 

 


LastUpDate: 2024-Apr-25